70歳で開業!第二の人生はすららで不登校、発達障がいの子を助けたい!


快進塾 開校事例インタビュー

校舎名快進塾
塾長名生澤政則 先生
ご年代70代
前職科学メーカーの研究職
URLhttp://kaishinjuku.com/

開業のきっかけ

私はもうすぐ74歳なのですが、すららを開校したのは70歳になる頃です。大学院を卒業して以来63歳まではずっと化学会社で大半を研究者として働いてきました。そしていよいよ退職となった時に、第二?第三?の人生をどうすごそうか、と色々考えたんですよね。誰もが考えることだと思いますが。私自身は家でじっとしているのが嫌なので、何らかの形で社会と関わっていきたいと色々考えた時に「これからは息子世代と孫世代などの若い世代をそれぞれサポートしたい」と思ったんです。研究者だったからか「学ぶ」「教える」ということは好きでしたし、学生時代も家庭教師をしていたことがあるので、勉強を教えること自体にはとても興味があったので塾も良いなぁと。そこで定年後、週の3日は他の化学会社で研究の手伝いをし、孫世代のサポートという部分で週に2日は個別指導で子供たちに勉強を教え始めました。そんな生活を7年続けてきて、もうすぐ70歳という時に再びその先の人生を考えたんですよね。その時に「何十年も関わってきた化学会社での仕事は、ここで一区切りにして、孫世代のサポートに専念しよう」と決めたんです。

すららを選んだ理由

7年間個別指導塾で教えていましたが、「個別」と銘打っていても実は1対2だったり、ひどい時は1対5だったりするんですよ。本当の1対1の個別だとものすごくコストがかかってしまいますからね。でも2人以上生徒がいたらどうしても無駄な時間が出てしまいますよね。出来る子は新しい単元をどんどん教えなくちゃ行けないし出来ない子は説明に時間がかかるし、どちらであってもどうしてもロスが出てしまって100%向き合えないんですよ。そんな矛盾を感じながら何年もやっていた時に、日経ビジネスで偶然すららの記事を読んだんです。「ITでの教育革命」というような特集だったと思います。たった2行の記事だったのですが、インターネットを使って教育システムを変えるというのを読んでピンと来たんですよね。教育関係の書籍も読んでいたので。それですららの説明会に行って直接話を聞いて、これは今私が知っている中ではベストの学習法だ、と確信を持って、「よし、これだ!」と開業を決めました。

すらら塾の様子

私が塾でやりたいこと

今塾に来ている生徒は10名ちょっとで、私の業務の主軸は遠隔の生徒指導「すららコーチ」になりつつあります。今って「塾に行かないと良い大学には行けない」「お金がないと学歴がつけられないのはしょうがない」という風潮が当たり前のようにありますが、それってとてもおかしいとずっと思っているんです。教育って本来、貧富の差に関わらず平等であるべきなんですよ。生まれた家庭の環境だけではなく不登校の子もそうですよね。何らかの原因があって学校へ通えなくなってしまっているのに、それで勉強が遅れて社会にもうまく復帰出来なくなってしまうのは非常に可哀想だと思うんです。それですららを知った時には「これは不登校の子にぴったりだ!」と思って教育委員会や不登校の子が多い学校など、様々なところに話をしに行ったんですよ。「不登校になってしまっている子にこの教材が良い」と。ところがすららがうまくはまってしまうとそのまま不登校で固定されてしまうので、やっぱり教育委員会などは不当校者数を減らしたいので「家でも学習出来る」というのはあまり好ましくなくて、うまくいかなかったんですよ。そんな時にすららコーチの存在を知って、「ぜひともやりたい!」と。今はすららコーチで20人以上遠隔指導の生徒を受け持っていますが、やりたかったことがやっとやれた、と思っています。

今後やりたいこと

世の中勉強が全てではないし、スポーツや芸術など様々な分野があるので、勉強が出来なければダメ、ということはありません。でも「勉強ができないと成功出来ないリスクが高まる」ことは事実だと思っています。例えば不登校や学習障害がある子たちに対してもそのリスクを少しでも減らしてあげられればと思っています。私は「教える」というより、子供本人はもちろん、親御さんも助けるお助けマンでありたいと思っています。

すらら塾の様子